執筆者:山田雄介(アジア古着市場アナリスト・貿易コンサルタント)
サワディークラップ!バンコク在住14年のアジア古着市場アナリスト、山田です。
こちらタイでは今、エンターテイメントからライフスタイルまで、韓国のK-POPカルチャーが席巻しています。その波は古着市場にも大きな影響を与え、新たなビジネスチャンスを生み出しています。しかし、このトレンドを日本からの視点だけで捉えるのは危険です。
本記事では、元商社マンとして繊維貿易の最前線に立ち、現在は現地の卸業者と日々情報交換を行う私の視点から、タイ古着市場におけるK-POPファッションのリアルな影響力、具体的な売れ筋アイテム、そしてビジネスとして成功させるための文化的背景と交渉術まで、現場の「生きた情報」を余すことなくお届けします。
目次
なぜ今、タイの古着市場でK-POPファッションが熱いのか?
タイの若者、特にZ世代の間でK-POPファッションがこれほどまでに支持される背景には、文化的、経済的な要因が複雑に絡み合っています。
BLACKPINKリサが象徴するタイと韓国の文化的親和性
タイにおけるK-POP人気の最大の起爆剤は、間違いなくBLACKPINKのタイ人メンバー、リサの存在です。彼女の世界的な活躍は、タイの若者にとってK-POPを遠い国の話ではなく、「自分たちのスター」がいる身近な憧れの対象へと変えました。
リサがInstagramで紹介したアイテムが瞬く間にトレンドになる現象は「リサ効果」と呼ばれ、その影響力は絶大です。彼女がタイの伝統的なスカートを着用した際には注文が殺到し、ファッション業界に大きなブームを巻き起こしました。このように、SNSを通じてトレンドが瞬時に拡散され、若者たちが自己表現の手段としてファッションを捉える現代の消費行動が、K-POPファッションの流行を加速させています。
Y2KリバイバルとK-POPの融合:タイのZ世代が求めるスタイル
世界的なY2K(2000年代ファッション)リバイバルの波は、タイでも顕著です。NewJeansに代表されるような、クロップド丈のトップスにローライズのボトムスを合わせるスタイルは、タイのZ世代の心を鷲掴みにしています。
古着市場では、まさにこのY2Kスタイルを再現できるアイテムが豊富に見つかります。タイの若者たちは、古着を巧みに組み合わせることで、憧れのアイドルのような最先端のスタイルを自分流にアレンジして楽しんでいるのです。
経済的背景:手の届く「憧れ」としての古着
タイのZ世代は、消費に対して意欲的ですが、同時にコストパフォーマンスも重視します。新品の韓国ブランドやハイブランドは彼らにとって高価な一方、古着であれば憧れのK-POPアイドルのスタイルを手頃な価格で実現できます。
特にTikTokなどのSNSを活用したソーシャルコマースが盛んなタイでは、インフルエンサーが古着をミックスしたコーディネートを紹介し、それを見た若者が購入するという流れが確立されています。古着は、彼らにとって「手の届く憧れ」を叶えるための、最も現実的で賢い選択肢なのです。
K-POPトレンドを牽引する具体的な古着アイテムとスタイリング
では、実際にタイの古着市場ではどのようなK-POP関連アイテムが動いているのでしょうか。現場のリアルな声と共にお伝えします。
【マストバイリスト】現地卸業者が語る「今、本当に売れている」アイテム5選
先日もチャトゥチャック市場で20年以上古着卸を営むソムチャイさん(仮名)と話してきたのですが、彼の話は非常に示唆に富んでいます。
「ユウスケさん、今の若い子たちが探しているのは昔とは全然違うよ。とにかく『K-POPアイドルが着ていそうか』が基準なんだ」と彼は言います。彼が挙げる「今、本当に売れている」アイテムは以下の通りです。
1. クロップド丈Tシャツ/タンクトップ
「お腹が見える短い丈のTシャツは、いくらあっても足りないくらいだ。特にキャラクタープリントやバンドTシャツを短くリメイクしたものが人気だね。卸値で1枚50~100バーツ(約230~470円)くらいかな」
2. ローライズのカーゴパンツ/デニム
「Y2Kスタイルの基本だね。ダボっとしたシルエットのものがよく売れる。特にカーキやベージュのカーゴパンツは鉄板だよ。状態が良ければ300バーツ(約1400円)以上でも売れていく」
3. オーバーサイズのトラックジャケット
「スポーティーなスタイルも人気だからね。アディダスやナイキの古着は常に需要がある。特に90年代のデザインのものは高値がつくよ」
4. アームウォーマー
「これもY2Kリバイバルの影響だね。半袖Tシャツに合わせるだけで、一気に『それっぽく』なるから、若い子たちがセットで買っていくことが多いよ」
5. ミニスカート(プリーツ/デニム)
「K-POPのガールズグループの衣装のイメージが強いんだろうね。制服っぽいプリーツスカートや、ダメージ加工のデニムミニはすぐになくなる人気アイテムだ」
スタイリング事例:チャトゥチャック市場で見つけたK-POPファッション
市場を歩いていると、まさにこれらのアイテムを巧みに組み合わせた若者たちを多く見かけます。例えば、古着のバンドTシャツをクロップド丈にカットし、ローライズのカーゴパンツと合わせ、仕上げにアームウォーマーをプラス。足元は厚底のスニーカー。
まさにK-POPアイドルの練習着のようなスタイルが、バンコクのストリートのリアルなトレンドとなっています。
現地アナリストが解説!K-POP古着の主要仕入れ先と価格動向
ビジネスとして古着を仕入れるなら、どこで、どのように買うべきか。プロの視点から解説します。
チャトゥチャック市場だけじゃない!プロが通う古着倉庫エリア
観光客にも有名なチャトゥチャック・ウィークエンドマーケットは、確かに品揃えも豊富で初心者にはおすすめです。しかし、プロのバイヤーはさらにその先を目指します。
バンコク郊外のパタナカンや、さらに遠方にはなりますが国境近くのロンクルア市場などには、巨大な古着倉庫が点在しています。こうした倉庫では、古着を圧縮梱包した「ベール」単位での取引が主流です。K-POPトレンドに強い倉庫は、アメリカやヨーロッパからの輸入ベールが多く、特に若者向けの衣料を扱う業者に集中している傾向があります。
ベール買いの現実:K-POPアイテムの含有率とリスク
ベール買いは、1枚あたりの単価を劇的に下げられるという大きなメリットがあります。しかし、中身は開封するまで分からないというリスクも伴います。
私の経験上、例えば「レディースTシャツ」のベール(約45kg、200枚程度)を開けたとして、その中でK-POPトレンドに合致するクロップド丈や人気のプリントTシャツは、良くて20~30%程度です。残りは売れ筋ではないアイテムや、時にはダメージ品も含まれます。
この「当たり外れ」のリスクを理解し、複数のベールを仕入れることでリスクを分散させることが、プロのバイヤーには求められます。
最新価格動向:円安と需要増が与える影響
ここ最近の円安バーツ高は、日本人バイヤーにとって厳しい状況です。以前は1バーツ=3円台前半で仕入れができた感覚ですが、現在は4.6円を超える水準です。つまり、仕入れコストが単純計算で3割以上も上昇していることになります。
加えて、世界的な古着ブームにより、タイに集まる古着の価格自体も上昇傾向にあります。特にK-POPトレンドのような人気のアイテムは、現地バイヤーや他国のバイヤーとの競争も激しくなっています。価格交渉の重要性が、以前にも増して高まっていると言えるでしょう。
【山田雄介の実体験】タイ人業者との交渉術と文化的注意点
14年間タイでビジネスをしてきて痛感するのは、結局「ビジネスは人と人」だということです。特に古着の仕入れは、相手との信頼関係が価格や品質に直結します。
「マイペンライ(気にしない)」の裏にあるビジネス感覚の見極め方
タイを象徴する言葉「マイペンライ」。「大丈夫」「問題ない」といった意味ですが、ビジネスシーンでは注意が必要です。例えば、品質のクレームに対して「マイペンライ」と言われた場合、それは「大したことないから気にするな」という意味かもしれませんし、「すぐに代わりのものを用意するから大丈夫」という意味かもしれません。
相手の表情や声のトーン、そしてこれまでの関係性から真意を読み取ることが重要です。こちらが感情的にならず、冷静に、しかし譲れない一線は明確に伝える。このバランス感覚が、タイ人との交渉では不可欠です。
イスラム教徒の業者との取引:パキスタン・コネクションの活かし方
タイの古着市場、特に大規模な倉庫を運営しているのはパキスタン系のイスラム教徒であることが少なくありません。私のパキスタン駐在経験が、ここで活きてきます。
彼らとの取引では、イスラム文化への理解と敬意が信頼関係の礎となります。挨拶は「アッサラーム・アライクム」。ラマダン(断食月)の期間中は日中の取引を避けるなどの配慮も必要です。交渉が難航した時に「インシャーアッラー(神の御心のままに)」という言葉が出てきたら、それは「人事を尽くして天命を待つ」というニュアンス。無理強いは禁物です。こうした文化的な背景を理解していると、彼らは心を開いてくれ、より良い条件を引き出せることも少なくありません。
2011年の大洪水を乗り越えて:信頼関係がビジネスを救った話
私自身、2011年のタイ大洪水の際に、取引先の倉庫が水没し、大きな損害を被った経験があります。まさに絶望的な状況でした。しかし、その時に助けてくれたのが、日頃から人間関係を築いていた現地の業者たちでした。「ユウスケ、マイペンライだ。俺たちが助けるから」。彼らは自分の被害も顧みず、他の倉庫を紹介してくれたり、在庫を融通してくれたりしたのです。
この経験から学んだのは、タイのビジネス文化の根底にある「ナムチャイ(思いやりの心)」の重要性です。目先の利益だけを追うのではなく、時間をかけて相手を理解し、困ったときには助け合う。この長期的な視点こそが、異国の地でビジネスを成功させる最大の秘訣だと確信しています。
よくある質問(FAQ)
Q: K-POPの影響はバンコクだけですか?チェンマイなど地方都市の状況は?
A: バンコクがトレンドの中心ですが、SNSの普及により地方都市の若者にもK-POPファッションは浸透しています。ただし、地方ではより安価なアイテムが好まれる傾向があります。アナリストとして、各都市の所得水準とファッションへの支出額の違いも考慮すべき点です。
Q: 日本の古着をタイに輸出するビジネスは成り立ちますか?
A: 「ユーズド・イン・ジャパン」は品質の高さから一定の人気がありますが、K-POPトレンドとは異なるニッチ市場です。貿易コンサルタントの視点から言うと、関税や物流コスト、現地の需要を正確に把握する必要があり、安易な参入は推奨しません。
Q: パキスタンやバングラデシュの古着市場にもK-POPの影響はありますか?
A: 私の専門分野ですが、これらの南アジア市場ではまだ限定的です。現地の文化や宗教的な背景から、ファッションのトレンドはより保守的です。しかし、都市部の若者の間では少しずつ関心が高まっており、今後のポテンシャルはあります。
Q: タイでの古着仕入れに最適な時期はありますか?
A: タイには乾季・雨季・暑季がありますが、古着の流通量に大きな季節変動はありません。ただし、ソンクラン(水かけ祭り)や年末年始などの大型連休前後は、業者が休みに入ることが多いため、避けた方が賢明です。
Q: 語学力はどれくらい必要ですか?
A: 主要な市場や倉庫では簡単な英語が通じますが、価格交渉や深い関係構築にはタイ語が有利です。数字や簡単な挨拶だけでも覚えておくと、相手の対応が格段に良くなります。「サワディークラップ」の一言が、ビジネスの扉を開く鍵になることもあります。
まとめ
タイの古着市場におけるK-POPファッションの流行は、単なる一過性のトレンドではありません。それは、SNS、文化的親和性、そして現地の若者の経済感覚が複雑に絡み合った、アジアのダイナミズムを象徴する現象です。
14年間この地で市場を見続けてきたアナリストとして断言できるのは、このトレンドの表面だけを追うのではなく、その背景にある文化や商習慣を理解し、現地の人々との信頼関係を築くことこそが成功の鍵だということです。この記事で紹介した「生きた情報」が、皆さんのビジネスの羅針盤となり、日本とタイを結ぶ新たな架け橋となることを心から願っています。
執筆者プロフィール
山田雄介(42歳)
アジア古着市場アナリスト・貿易コンサルタント
タイ・バンコク在住14年目、元伊藤忠商事、パキスタン駐在経験あり
専門分野:タイ・パキスタン・バングラデシュの古着市場
現地ネットワーク:古着卸業者50社以上との取引関係