執筆者:山田雄介(アジア古着市場アナリスト・貿易コンサルタント)
サワディークラップ!バンコク在住14年の山田です。
アジアの古着ビジネスで「一番大切なものは何か?」と聞かれれば、私は迷わず「人脈」と答えます。なぜなら、良質な情報も、有利な取引も、そのすべてが人と人との信頼関係から生まれるからです。しかし、日本での常識はここでは通用しません。私自身、文化的な誤解から大きな商談を失った苦い経験があります。
この記事では、ゼロからスタートするあなたが、遠回りをせずに最短で信頼できる人脈を築くための、14年間の現地生活で培った全てを具体的にお伝えします。この記事を読めば、あなたもアジアの古着業界で「紹介が9割」の世界の扉を開くことができるはずです。
【この記事の結論】アジア古着ビジネスで人脈を築く3つの鉄則
- 「人脈が全て」と心得る
良質な情報や有利な取引は、信頼できる人間の間でしか流通しません。特にタイやパキスタンでは、契約書よりも人間関係が重視される文化(例:タイの「ナムチャイ」)を理解することが成功の鍵です。- 準備を徹底し「教えてもらう姿勢」で臨む
渡航前に市場調査を徹底し、「自己紹介ポートフォリオ」を用意しましょう。現地ではすぐに買い付けようとせず、まずは顔を覚えてもらい、「教えてほしい」という謙虚な姿勢でコミュニケーションを図ることが信頼獲得の第一歩です。- 小さな取引と文化理解で信頼を積み重ねる
初めはTシャツ10枚のような小さな取引でも、支払いや約束をきっちり守ることが重要です。食事に誘ってビジネス以外の話をしたり、現地の言葉(例:パキスタンの「インシャーアッラー」)の真意を理解したりすることで、関係は深まります。
目次
なぜアジアの古着ビジネスでは「人脈がすべて」なのか?
こちらアジアの古着ビジネス、特にタイやパキスタンのような一大拠点では、驚くほど情報がクローズドです。日本のようにオンラインで何でも調べられると思ったら大間違い。本当に価値のある情報は、信頼できる人間の間だけで、顔と顔を合わせた会話の中でしか流通しないのです。
情報がクローズドな業界の現実
「来週、ヨーロッパからAグレードのレディース夏物ベールが50本入るんだけど、山田さんのところに先に回そうか?」
これは先週、チャトゥチャック市場で20年来の付き合いになる卸業者のソムチャイさん(仮名)から貰った電話の内容です。このような情報は、決してインターネットには載りません。誰にでも見られる場所に情報を公開すれば、価格競争に巻き込まれるだけだからです。彼らは、確実に買ってくれて、支払いが良く、長い付き合いができる「信頼できる相手」にだけ、こっそり良い情報を流します。つまり、この「信頼できる相手」の輪の中に入れるかどうかが、ビジネスの生死を分けるのです。
「ビジネスは人と人」を体現する現地の文化
私の信条は「ビジネスは人と人との関係から」ですが、これはアジアでは特に真理です。例えばタイには「ナムチャイ(น้ำใจ)」という言葉があります。直訳すれば「水の心」ですが、「思いやり」や「親切心」といった意味合いで使われる、タイの文化の根幹をなす価値観です。 ビジネスの交渉で利益の話をする前に、相手の家族を気遣ったり、故郷の話を聞いたりする。そういった人間的な繋がりが、最終的にビジネスをスムーズに進める潤滑油になります。
パキスタンのようなイスラム文化圏では、ビジネスはコミュニティ全体の利益と結びついていることが多く、一度信頼関係を結んだ相手とは、家族ぐるみで長く付き合っていくという考え方が根強いです。契約書の条文よりも、交わした握手と「インシャーアッラー(神の思し召しがあれば)」という言葉の方が重い、そんな世界がここにはあります。
人脈がもたらす3つの具体的なメリット
強固な人脈は、精神的な安心感だけでなく、極めて具体的な利益をもたらします。
- 価格交渉の優位性: 長い付き合いのパートナーは、市場価格が変動しても安定した価格で提供してくれたり、支払いを少し待ってくれたりといった柔軟な対応をしてくれます。
- 未公開の優良在庫へのアクセス: 市場に出回る前の「掘り出し物」や、特定のバイヤー向けに確保されている高品質な在庫にアクセスできるのは、紹介を受けた信頼できるバイヤーだけの特権です。
- トラブル発生時のサポート: 商品の品質問題や輸送トラブルなど、予期せぬ問題が起きた際に、現地パートナーが解決のために動いてくれるかどうかは、それまでの信頼関係の深さに大きく左右されます。私自身、後述するタイの大洪水の際に、この人脈に命を救われました。
【ゼロから始める】人脈作りの前にやるべき3つの準備
いきなり現地に飛び込んで「誰か紹介してください!」と言っても、誰も相手にしてくれません。人脈作りは、日本にいる間の準備段階から始まっています。
準備1:付け焼き刃ではない「徹底した市場調査」
まず、オンラインで徹底的に調べてください。主要なマーケットの名前、古着の輸出入に関する関税、物流ルートなど、基本的な知識は必須です。しかし、それだけでは不十分。「そのマーケットの何曜日の何時頃が一番活気があるのか」「地元の業者が使う隠語やスラングは何か」といった生の情報は、現地に行かなければ分かりません。
私がコンサルティングでお勧めしているのは、調査項目を「オンラインで分かること」と「現地でしか分からないこと」に分け、後者については現地で誰に何を聞くべきか、質問リストを50個作ることです。このリストが、あなたの最初の羅針盤になります。
準備2:自分は何者か?を伝える「自己紹介ポートフォリオ」
名刺だけでは不十分です。特に初対面の相手には、あなたが何者で、どんなビジネスに情熱を燃やしているのかを伝えるためのツールが必要です。
A4用紙1枚で構いません。以下のような内容を、できれば簡単な英語と現地語(翻訳アプリでOK)を併記してまとめてみましょう。
| 項目 | 内容(例) |
|---|---|
| 私のビジョン | 日本の若者に、アジアの古着の魅力を伝えたい |
| 私の強み | Instagramでフォロワー1万人の販売実績がある |
| 探している商品 | 1990年代のアメリカ製バンドTシャツ、リーバイス501 |
| 希望する関係 | 長期的に協力し合えるパートナーを探しています |
これがあるだけで、相手のあなたへの理解度が格段に深まり、「それなら、〇〇さんを紹介してあげるよ」と次の展開に繋がりやすくなります。
準備3:ビジネスを円滑にする「魔法の言葉」
言葉は、文化への敬意を示す最も簡単な方法です。完璧に話す必要はありません。挨拶と感謝の言葉を、現地の言葉で言えるだけで、相手の表情が驚くほど和らぎます。
- タイ:
- こんにちは: サワディークラップ(男性)/ カー(女性)
- ありがとう: コップンクラップ(男性)/ カー(女性)
- パキスタン(ウルドゥー語):
- こんにちは: アッサラーム・アライクム
- ありがとう: シュクリア
これらの言葉は、単なるコミュニケーションツールではなく、相手の心を開く「魔法の鍵」だと覚えておいてください。
【実践編】現地で人脈を広げる5つの具体的ステップ
準備が整ったら、いよいよ現地での実践です。焦りは禁物。一つ一つのステップを丁寧に踏んでいきましょう。
ステップ1:まずはマーケットに顔を出す
バンコクのチャトゥチャック市場、カラチのシェールシャー市場など、まずは現地の主要マーケットに足を運びましょう。しかし、最初から「買い付けに来たぞ」というオーラを出すのはNGです。最初はあくまで「買う客」として、あるいは「市場を見学している旅行者」として、何度も通い、顔を覚えてもらうことが重要です。同じ店で少額の買い物を繰り返したり、店主と目が合ったら笑顔で挨拶したり。まずはあなたという存在を、風景の一部として認識してもらうことから始めます。
ステップ2:「教えてもらう」姿勢でコミュニケーションを図る
顔を覚えてもらえたら、次のステップです。商品を指さして「これはどこから来たの?」「あなたの店で一番のオススメは何?」など、相手を先生に見立てて質問してみましょう。人は誰でも、自分の専門分野について教えるのが好きなものです。ここでのポイントは、相手への敬意と教えを乞う謙虚な姿勢です。この段階で、あなたが作った自己紹介ポートフォリオを見せるのも効果的です。
ステップ3:小さな取引で信頼を積み重ねる
初回から大きな取引や無理な値引き交渉は絶対に避けましょう。 相手はあなたを見ています。「この日本人は、ちゃんと約束通りにお金を払うだろうか?」と。
まずはTシャツ10枚でも構いません。小さな取引を成立させ、約束した金額をその場で、あるいは期日通りにきっちり支払う。この当たり前の行動の繰り返しが、何よりも雄弁にあなたの信頼性を証明します。
ステップ4:食事に誘い、ビジネス以外の話をする
少しずつ取引を重ね、世間話ができるようになったら、食事に誘ってみましょう。「近くに美味しいお店を知らない?よかったら一緒にどう?」くらいの気軽さで構いません。
アジアでは、ビジネスとプライベートの境界線が日本ほど明確ではありません。食事の席では、ビジネスの話はそこそこに、家族の話、趣味の話、故郷の話などをしてみましょう。相手の人間性に触れることで、関係は単なる「取引相手」から「友人」へと一歩深まります。
ステップ5:「〇〇さんみたいな人を探している」と具体的に相談する
信頼関係が十分に築けたら、いよいよ「紹介」をお願いするフェーズです。しかし、ここでの頼み方が非常に重要です。
悪い例: 「誰かいい人、紹介してくれませんか?」
良い例: 「〇〇さん、いつも本当にありがとうございます。今、レディースのワンピースに強い業者さんを探しているのですが、〇〇さんのように正直で、信頼できる方をご存知ないでしょうか?」
このように、①探している分野と②求める人物像(相手への称賛を込めて)を具体的に伝えることで、相手は自分のネットワークの中から最適な人物を真剣に考えてくれるようになります。こうして得たつながりこそが、あなたのビジネスを飛躍させる本物の人脈となるのです。
【国別応用編】タイとパキスタン、人脈作りの「作法」の違い
同じアジアでも、国が違えば文化も作法も大きく異なります。ここでは、私の専門であるタイとパキスタンの違いについて解説します。
微笑みの国タイ:「ナムチャイ(思いやり)」と「マイペンライ(気にしない)」の理解
タイ人とのビジネスで最も重要なのは、前述した「ナムチャイ(思いやり)」の心です。 契約や効率性も大事ですが、それ以上に相手の気持ちやメンツを尊重する姿勢が求められます。人前で相手のミスを指摘したり、怒りを露わにしたりするのは最悪の行為です。
一方で、彼らは「マイペンライ(大丈夫、気にしない)」という言葉をよく使います。 これは彼らの大らかさや寛容さを示す素晴らしい文化ですが、ビジネスの納期や約束事に対して使われると、日本人としては戸惑うこともあります。 これを頭ごなしに責めるのではなく、「何か困っていることはない?手伝うよ」とナムチャイの心で寄り添い、一緒に問題を解決する姿勢を見せることが、最終的に強い信頼関係に繋がります。
イスラムの国パキスタン:「インシャーアッラー(神の思し召し)」の真意
パキスタンでのビジネスは、イスラム教の教えと深く結びついています。彼らが約束事の際に口にする「インシャーアッラー」は、「神が望むなら」という意味のアラビア語です。 日本人の中には、これを「できなかった時の言い訳」と捉えてしまう人もいますが、それは大きな誤解です。
これは「自分は最善を尽くすが、最終的な結果は神の領域にある」という、彼らの謙虚さと信仰心を表す言葉なのです。 この言葉が出たら、「彼は無責任だ」と思うのではなく、「彼は本気でこの約束を果たそうとしてくれている」と信頼し、こちらも「インシャーアッラー」と返すのが最上のコミュニケーションです。この言葉の真意を理解できるかどうかは、パキスタンで信頼されるパートナーになれるかの分水嶺と言っても過言ではありません。
私が経験した人脈作りの成功例と痛恨の失敗談
机上の空論だけでは伝わらない、私の実体験をお話しします。
成功例:タイ大洪水の絶望から救ってくれた現地パートナーとの絆
2011年、タイは未曾有の大洪水に見舞われました。私の倉庫も完全に水没し、在庫のすべてを失い、文字通り絶望の淵に立たされました。銀行の融資も止まり、もうダメかと思ったその時、一本の電話が鳴りました。
「山田さん、マイペンライ。倉庫なら俺の親戚のところを使えばいい。商品は、代金は後払いでいいから、うちの在庫を持っていけ」
電話の主は、創業当初から付き合いのあったタイ人のパートナーでした。彼は何の担保も求めず、私に再起のチャンスを与えてくれました。なぜ彼がそこまでしてくれたのか。それは、洪水が起きるまでの数年間、私が彼とのビジネスだけでなく、彼の家族の祝い事に参加したり、彼が困っている時に個人的に相談に乗ったりと、「ナムチャイ」の関係を築き続けてきたからです。この経験を通じて、私は人脈こそが最大の資産であり、最強のリスクヘッジなのだと骨の髄まで理解しました。
失敗談:文化的誤解で破談したパキスタンでの重要商談
逆に、忘れられない失敗もあります。2016年、パキスタンで大規模なコンテナ取引の商談を進めていた時のことです。契約内容もほぼ固まり、あとは最終契約書にサインするだけという段階で、私は日本の本社に報告するため「1週間以内に必ず契約します」と伝えました。
そして、パキスタンのパートナーに「来週の金曜日までに、必ずサインをお願いします」と念を押したのです。すると、彼の表情が曇りました。そして彼は静かに「山田さん、それは私には約束できない。すべてはアッラーのお考え次第だ。インシャーアッラー」と言いました。
当時の私はその言葉の重みを理解できず、「ビジネスなのだから、神様は関係ないでしょう」と、日本の感覚で効率と確実性を求めてしまいました。その一言が、彼らの信仰心と文化を根本から否定する行為だと気づかなかったのです。結局、彼との信頼関係は崩れ、商談は破談。私は数千万円のビジネスチャンスと、かけがえのないパートナー候補を同時に失いました。この失敗は、文化への理解なくしてビジネスは成り立たないという、痛恨の教訓として今も私の胸に刻まれています。
よくある質問(FAQ)
最後に、皆さんからよく寄せられる質問にお答えします。
Q: 英語が話せなくても、アジアで古着ビジネスはできますか?
A: 結論から言うと可能です。しかし、ビジネスを大きくするためには言葉の壁は乗り越えるべき課題です。最低限の現地の挨拶と感謝の言葉、そしてGoogle翻訳のようなアプリ、何よりも「あなたの情熱を目で、表情で、身振り手振りで伝えようとする姿勢」が重要です。言葉が通じなくても、誠実さは必ず伝わります。
Q: 女性一人で現地のマーケットに行くのは危険ですか?
A: 国や地域によりますが、基本的な注意を払えば過度に心配する必要はありません。タイは比較的安全ですが、パキスタンでは肌の露出を控えた服装を心がけるなど、現地の文化への配慮が必要です。共通して言えるのは、夜間の一人歩きを避け、貴重品の管理を徹底すること。不安な場合は、信頼できる現地アテンドを雇うことをお勧めします。
Q: オンラインだけで人脈を作ることは可能ですか?
A: FacebookやInstagramなどのSNSで現地の業者と繋がり、きっかけを作ることは可能です。しかし、アジアの古着業界、特に地方の有力者との深い関係を築くには、最終的に現地に足を運び、顔と顔を合わせて話すことが不可欠です。オンラインはあくまで関係作りの入口と捉え、オフラインでの接触をゴールに設定するハイブリッドなアプローチが最も効果的です。
Q: 良い通訳や現地アテンドはどうやって探せばいいですか?
A: これは非常に重要なポイントです。なぜなら、通訳の質がビジネスの成否を左右することもあるからです。最も確実なのは、すでに現地でビジネスをしている日本人経営者や、JETRO(日本貿易振興機構)のような公的機関からの紹介です。安さだけで選ぶと、業者と裏で繋がっていて不当なマージンを取られるケースもあります。信頼できる紹介者を見つけることが、良いアテンドを見つけるための第一歩です。
Q: 初めての取引で気をつけるべき最大のポイントは何ですか?
A: 「焦らないこと」と「約束を必ず守ること」です。特に支払い期日などの金銭的な約束は、たとえ少額であっても絶対に遅れてはいけません。最初の取引は、ビジネスの大きさよりも、あなたという人間が信頼に値するかどうかを見られている「テスト」だと心得るべきです。このテストに合格して初めて、次のステージへの扉が開かれます。
まとめ
アジアの古着業界でゼロから人脈を築くことは、決して簡単な道のりではありません。しかし、それは単なる「コネ作り」ではなく、現地の文化を尊重し、一人ひとりの人間と真摯に向き合う「関係作り」のプロセスです。
今回ご紹介したステップや考え方は、私が14年間、時に失敗を重ねながら現地で学んできたことの集大成です。大切なのは、小手先のテクニックよりも、相手への敬意と「GIVE」の精神です。まずはこちらから心を開き、相手に何ができるかを考える。その積み重ねが、やがて「紹介が9割」の世界の扉を開く鍵となります。
この記事が、あなたの挑戦の羅針盤となり、アジアという魅力的な市場で素晴らしいパートナーと出会う一助となれば、これほど嬉しいことはありません。
執筆者プロフィール
山田雄介(42歳)
アジア古着市場アナリスト・貿易コンサルタント
タイ・バンコク在住14年目、元伊藤忠商事、パキスタン駐在経験あり
専門分野:タイ・パキスタン・バングラデシュの古着市場
現地ネットワーク:古着卸業者50社以上との取引関係