執筆者:山田雄介(アジア古着市場アナリスト・貿易コンサルタント)
サワディークラップ!バンコクから山田です。
こちらバンコクは乾季に入り、過ごしやすい日が続いています。街を歩けば、国内外からの観光客で活気にあふれていますが、私が特に注目しているのは、サイアムやトンローといったエリアに集まるタイの若者たちのファッションです。ここ数年で彼らのスタイルは驚くほど多様化し、そのエネルギーは古着市場にも大きな影響を与えています。
かつて古着といえば「安く手に入る服」というイメージが強かったかもしれません。しかし、今のタイの若者たちは、単なる安さだけではモノを選びません。彼らが求めているのは、自分らしさを表現するための「一点物」であり、その背景にある「物語」です。
今回は、そんなタイの若者たちの最新トレンドを、現地のローカルブランドの動向と絡めながら深掘りし、これからのタイ古着ビジネスの可能性を探っていきたいと思います。
目次
変化するバンコクのストリート – 肌感覚で捉える最新トレンド
「Y2K」の一歩先へ、多様化する自己表現
ここ数年、世界的なトレンドとして「Y2K(2000年代ファッション)」が注目されていますが、タイも例外ではありません。 クロップド丈のトップスにローライズのボトムス、厚底サンダルといったスタイルは、バンコクの街中でも頻繁に見かけます。
しかし、私が現場で感じるのは、単なる流行の模倣ではない、彼らなりの解釈と進化です。例えば、Y2Kスタイルにタイの伝統的な織物を取り入れたり、ゴシックなテイストをミックスさせたりと、その表現は実に多彩。 先日も、チャトゥチャック市場で20年以上店を構える友人のソムチャイさんが、「最近の若い子たちは、俺たちが昔売っていたような派手な柄シャツを『新しい』と言って買っていく。でも、それを自分の持っているストリートブランドの服と合わせるんだ。面白い時代になったよ」と笑っていました。
彼らは、与えられたトレンドをそのまま受け入れるのではなく、古着という膨大なアーカイブの中から自分だけの一着を見つけ出し、現代のアイテムと組み合わせることで、全く新しいスタイルを生み出しているのです。
SNSが加速させる「自分だけのスタイル」への渇望
このトレンドを後押ししているのが、InstagramやTikTokといったSNSの存在です。タイのZ世代にとって、SNSは自己表現のための最も重要なプラットフォーム。 「#Y2KThailand」といったハッシュタグを覗けば、彼らが日々いかにクリエイティブにファッションを楽しんでいるかが分かります。
重要なのは、彼らが「誰かと同じ」であることを嫌い、「自分だけの個性」を強く求める傾向にあることです。そのため、大量生産されるファストファッションよりも、他人と被らないユニークなデザインやストーリーを持つ古着に価値を見出す若者が増えています。実際に、Facebookのライブコマースなどを活用し、個人で古着販売を始めて成功する若者も少なくありません。
| タイの若者のファッション価値観の変化 | |
|---|---|
| 以前 | 安価、流行、ブランドのロゴ |
| 現在 | 個性、一点物、背景にあるストーリー、共感 |
ローカルブランドの躍進が古着市場に与える影響
事例:人気ローカルブランドに学ぶ「古着ミックス」のヒント
最近のタイでは、若手デザイナーが手掛けるローカルブランドが非常に元気です。 彼らのデザインを見ていると、今の若者が何を求めているのか、そのヒントが隠されています。
例えば、バンコクの若者に人気のストリートウェアブランド「MADWORKS CLOTHING」は、アメリカンストリートのテイストにバンコクらしいアンダーグラウンドな雰囲気をミックスしたデザインが特徴です。 彼らのルックブックを見ると、新作のTシャツにヴィンテージのデニムやミリタリーパンツを合わせるスタイリングが頻繁に登場します。
これは、ブランド側が意図的に「古着とミックスして楽しんでほしい」というメッセージを発信していることに他なりません。新品の服と古着を組み合わせることで、より深みのある、個性的なスタイルが完成することを示唆しているのです。こうしたローカルブランドの動向が、若者たちの「古着=クール」という認識をさらに強めています。
彼らが求めるのは「価格」より「共感」
タイの若者は、商品の背景にあるストーリーやブランドの姿勢に共感して購買を決める傾向が強まっています。 例えば、「このブランドは環境に配慮している」「タイの若手アーティストを支援している」といった姿勢が、彼らの心を掴む重要な要素となるのです。
これは古着ビジネスにおいても同様です。「このTシャツは80年代のアメリカで作られたもので…」といった来歴や、「この一点を売ることで、衣類廃棄の削減に繋がる」といったサステナブルな側面を伝えることが、単なる価格以上の価値を生み出します。
参考: 【アジアZ世代の価値観・ライフスタイル調査】 社会・文化的背景を踏まえて読み解く~SDGs商品が注目される中、商品やブランドに対する意識の違いが明らかに~
文化的背景から読み解くタイの若者の価値観
「マイペンライ」精神とサステナビリティの意外な関係
タイ人の気質を表す言葉として有名な「マイペンライ(気にしない、大丈夫)」。この大らかな精神は、一見すると環境問題のようなシリアスなテーマとは相容れないように思えるかもしれません。しかし、私はこの「マイペンライ」の根底にある「あるがままを受け入れる」という価値観が、現代のサステナビリティ意識と結びついていると感じています。
無理して新しいものを追い求めるのではなく、今あるものを大切に使い、修理しながら長く付き合っていく。古着を愛用することは、こうしたタイ人の根源的な価値観と非常に親和性が高いのです。調査によると、タイの消費者は環境負荷の軽減に繋がるのであれば、商品の値上げを受け入れると回答した割合が比較的高いというデータもあります。
見せかけだけじゃない、本質を求める心
タイは敬虔な仏教国であり、その教えは人々の生活に深く根付いています。特に「足るを知る」という考え方は、若者たちの消費行動にも影響を与えているように感じます。
彼らは、ブランドロゴを見せびらかすような分かりやすい価値ではなく、自分自身が本当に良いと思えるもの、長く愛せる本質的な価値を重視します。だからこそ、たとえノーブランドであっても、デザインや生地が良ければ古着を積極的に取り入れるのです。この「本質を見抜く目」こそ、タイの若者市場を理解する上で欠かせない視点です。
【実践編】タイの若者に響く古着ビジネス、3つの秘訣
では、実際にタイで古着ビジネスを展開する上で、どのような点が重要になるのでしょうか。14年間バンコクで数々の業者と取引してきた私の経験から、3つの秘訣をお伝えします。
秘訣1:単なる「古着」ではない、付加価値の創出
前述の通り、今の若者は「安さ」だけで古着を選びません。彼らに響くのは「付加価値」です。
- ストーリーテリング: 商品一つひとつの背景(年代、生産国、ブランドの歴史など)を丁寧に伝える。
- スタイリング提案: SNSを活用し、古着と現行ブランドをミックスしたコーディネートを発信する。
- リペア・リメイク: 多少のダメージは「味」として伝えるか、クリエイティブなリメイクを施して新たな価値を与える。
秘訣2:ローカルインフルエンサーとの「ナムチャイ」な関係
タイの若者への影響力が絶大なのが、同世代のファッションインフルエンサーです。彼らと良好な関係を築くことが、ビジネス成功の鍵を握ります。
ここで大切なのが、タイの文化である「ナムチャイ(思いやりの心)」です。単に仕事として商品を渡すのではなく、食事に誘ったり、彼らの活動を応援したりと、人と人との繋がりを大切にすること。そうした心ある付き合いが、やがて大きな信頼となり、ビジネスを力強く後押ししてくれるのです。インシャーアッラー(神の御心のままに)、良い関係は必ず良い結果に繋がります。
秘訣3:「ジャパンクオリティ」こそが最強の武器になる
タイでは「ユーズド・イン・ジャパン」、つまり日本で使われた古着は非常に人気があります。 なぜなら、「日本で使われていたものは状態が良い」という絶大な信頼があるからです。この信頼を裏切らないこと、つまり品質管理の徹底が何よりも重要です。
- 丁寧な検品と選別: 汚れやダメージのチェックを厳格に行う。
- 適切なクリーニングと補修: 商品として店頭に出す前に、清潔で魅力的な状態に整える。
- 誠実な情報開示: ダメージがある場合は、その箇所を正直に伝え、納得の上で購入してもらう。
こうした地道で丁寧な作業は、まさに「ジャパンクオリティ」の真骨頂です。現地で長年ビジネスをしていると、この品質管理の重要性を痛感します。例えば、日系企業の中には、日本人スタッフと現地スタッフが密に連携し、検品から補修、プレスまで一貫して高いレベルを維持しているところがあります。こうした企業の取り組みは、現地のバイヤーからも高く評価されており、「ジャパンクオリティ」が強力なブランドとなっている好例と言えるでしょう。
まとめ:今後の展望 – タイ古着市場で成功を掴むために
タイの若者たちのファッションへの関心と自己表現への欲求は、今後ますます高まっていくでしょう。それに伴い、古着市場も単なるリユースの枠を超え、新たな価値創造の場としてさらに拡大していくと確信しています。
しかし、その中で成功を掴むためには、表面的なトレンドを追うだけでは不十分です。彼らの価値観の根底にある文化的背景を理解し、誠実な姿勢で品質の高い商品を提供し続けること。そして何より、現地の人々との間に「ナムチャイ」の心を持った人間関係を築いていくこと。
簡単な道のりではありませんが、これこそが、日本とタイ、両国の架け橋となるビジネスの醍醐味だと私は信じています。この記事が、皆さんの挑戦の一助となれば幸いです。
執筆者プロフィール
山田雄介(42歳)
アジア古着市場アナリスト・貿易コンサルタント
タイ・バンコク在住14年目、元伊藤忠商事、パキスタン駐在経験あり
専門分野:タイ・パキスタン・バングラデシュの古着市場
現地ネットワーク:古着卸業者50社以上との取引関係