「パキスタンから仕入れたいが、停電で納期が崩れないだろうか」
古着や繊維製品の調達を検討する方から、私はこの質問をよく受けます。
アッサラーム・アライクム。
バンコクを拠点にアジアの古着市場と貿易実務を調査している山田雄介です。
2015年から2017年までカラチに駐在し、現地の古着・テキスタイル業者と仕事をしてきました。
パキスタンの停電リスクは実在しますが、「国全体がいつも電力不足」と捉えると判断を誤ります。
発電設備は余っているのに、送配電の制約や料金回収の問題によって、特定地域の給電線では停電が続くという複雑な状況だからです。
この記事では、2026年時点で確認できる公的データを基に、パキスタンの電力事情、古着・繊維サプライチェーンへの影響、現地企業と実行できる対策を整理します。
停電をゼロにする話ではありません。
止まっても納期と品質を守れる調達体制をつくる話です。
目次
パキスタンの電力事情は「発電能力」だけでは読めない
設備容量があっても停電が起きる理由
パキスタン財務省のPakistan Economic Survey 2025-26によると、2026年3月時点の総発電設備容量は49,651MWでした。
2025年7月から2026年3月までの発電量は92,835GWhで、水力・原子力・再生可能エネルギーが53.1%、火力が46.9%を占めています。
これだけを見ると、「設備が増えたなら停電も減ったはずだ」と感じるでしょう。
ところが、設備容量と安定供給は同じではありません。
49,651MWには屋根置き太陽光などのネットメータリング設備7,319MWが含まれ、系統へ常時送れる電力をそのまま表す数字ではないからです。
NEPRA(パキスタン国家電力規制庁)のState of the Industry Report 2025では、2025年6月末の有効稼働容量を41,121MWとしています。
同報告書は、発電所の稼働率が低い一方、南部の安価な電力を北部の需要地へ送る設備に制約があり、高コストの発電所を動かさざるを得ない状況も指摘しました。
発電所があることと、必要な場所へ必要な時間に電気が届くことの間には、送電線、変電所、配電網という長い道があります。
パキスタンの電力問題は、発電量の不足から「届け方と支払いの問題」へ重心が移っています。
配電損失と循環債務が供給の質を下げる
2024〜25年度、国営配電会社の送配電損失率は17.55%でした。
NEPRAが認めた目標は11.43%なので、差は6.12ポイントあり、金額では約2,650億パキスタン・ルピーが回収できない負担になっています。
送配電損失には、古い設備で電気が失われる技術的損失だけでなく、盗電や不正確な検針、料金未回収といった商業的損失も含まれます。
同年度の料金回収率は96.62%で、未回収額は約1,324.6億パキスタン・ルピーに達しました。
発電会社、燃料供給会社、配電会社の間で支払いが滞り、債務が連鎖する状態は「循環債務」と呼ばれます。
2025年6月末の残高は約1兆6,140億パキスタン・ルピーまで減りましたが、NEPRAは、主因が構造改革ではなく資金調達による債務整理だったと説明しています。
つまり、停電だけを見ていては足りません。
電気料金の上昇や自家発電燃料の購入費も、選別料、圧縮梱包料、加工賃へ跳ね返ります。
仕入価格が据え置かれていても、梱包単位が変わる、最低注文量が上がる、短納期料金が加算されるという形で表面化します。
停電リスクは地域と給電線で変わる
NEPRAは、HESCO、SEPCO、QESCO、PESCO、K-Electricの各地域で、給電線ごとの総合技術・商業損失率を基準にした停電が行われたと報告しています。
料金未払いと盗電が多い給電線をまとめて止める運用であり、きちんと料金を払う工場も同じ線につながっていれば影響を受けます。
ここが日本からは見えにくいところです。
「カラチの停電は何時間ですか」と聞いても、工業団地、一般住宅地、専用給電線では答えが変わります。
同じ市内でも、道路を一本越えた別の給電線で供給状況が違うことさえあります。
私はカラチ駐在時代、停電の有無を尋ねるだけでは実態をつかめないと何度も感じました。
確認すべきなのは都市名ではなく、倉庫や工場が接続する配電会社、給電線、過去30日間の停止記録、自家発電への切替時間です。
停電が古着・繊維サプライチェーンに及ぼす影響
選別から圧縮梱包まで工程ごとに影響が違う
パキスタンの古着事業は、輸入された中古衣料を開梱し、品質や品目で選別し、再梱包して国内外へ流すだけではありません。
低グレード品をウエスや再生繊維へ加工する工程もあり、照明、コンベヤー、圧縮機、洗浄機、乾燥機、裁断機などが電力を使います。
パキスタン中央銀行の2025〜26年度上半期報告も、中古繊維の国内選別・加工・再輸出に付加価値の余地があると分析しています。
一方、加工設備の遅れは、高品質な再生品を増やすうえでの制約です。
停電時の影響は工程によって違います。
| 工程 | 主な影響 | 優先して守る機能 |
|---|---|---|
| 開梱・手選別 | 照度低下による見落とし、作業停止 | 検品灯、換気、作業場の安全照明 |
| 機械選別・繊維再生 | コンベヤーや開繊機の停止、仕掛品滞留 | 制御盤、停止手順、再起動手順 |
| 洗浄・乾燥 | 半乾き、臭い、色移り、再処理 | 排水、乾燥、温度管理 |
| 圧縮梱包 | ベール完成の遅れ、重量ばらつき | 油圧ベーラー、計量器 |
| 在庫・輸出事務 | 在庫差異、書類発行の遅れ | パソコン、通信、プリンター |
| コンテナ積込み | 搬入予約への遅れ、追加保管料 | 照明、フォークリフト充電、連絡手段 |
すべてを同じ大型発電機で動かそうとすると、設備投資と燃料費が膨らみます。
検品灯、通信、計量、書類発行を小容量の無停電電源装置や蓄電池で守り、ベーラーなどの高負荷設備は発電機へ分ける方が現実的です。
数時間の停止が船積みの遅れへ連鎖する
サプライチェーンでは、停電時間と納期遅延時間は一致しません。
ベーラーが2時間止まっただけでも、後工程の計量、ラベル貼付、検数、トラック手配が翌日にずれ、港の搬入予約や本船の締切を逃せば遅れは数日単位へ広がります。
古着は生鮮品ではないため、「一日遅れても問題ない」と思われがちです。
しかし、買付後の保管日数が延びれば倉庫料が増え、モンスーン期に換気が止まった倉庫では湿気や臭いのリスクも上がります。
圧縮前の衣料が床置きされている現場では、漏水や結露の影響も無視できません。
書類面の停止も侮れません。
インボイス、パッキングリスト、原産地や検査に関する書類の作成が遅れると、貨物が完成していても通関と船積みは進まないからです。
現場の機械だけでなく、事務所の通信とデータを「重要負荷」に含める理由がここにあります。
品質事故と見えにくいコストも増える
世界銀行のTextile Sector: Energy Efficiency and Decarbonization Opportunitiesによると、パキスタンの繊維産業は産業用電力の28%を消費し、系統電力が不安定なため、大規模工場では自家発電への依存が大きくなっています。
発電機で生産を続けられても、軽油・ガス代、保守費、切替時の停止、電圧変動による機械負荷までは消えません。
買い手側に見えるのは「1ベール当たりの価格」ですが、供給側では再検品、再乾燥、残業、発電燃料、急なトラック変更が積み上がっています。
値上げを拒み続ければ、目立たないところで検品時間が削られ、グレードの混入率が上がる恐れがあります。
パキスタン中央銀行の2024〜25年度年次報告は、繊維工場100か所で高効率モーター、太陽光と照明、圧縮空気漏れ対策を導入した場合、年間約31.6億パキスタン・ルピーを削減できると試算しました。
前提を置いた推計ではありますが、停電対策と省エネを別々に考えず、発電燃料まで含む総エネルギー費で設備を比べる視点が得られます。
価格交渉では、値段だけでなくバックアップ電源の稼働費と品質管理時間を分けて聞くべきです。
安さの理由が効率化なのか、必要工程の省略なのかを見極められます。
停電リスクへの現実的な対策
契約前に電力リスクを数値で確認する
現地企業へ「停電対策はありますか」と聞くと、多くは「ジェネレーターがあるから大丈夫」と答えます。
インシャーアッラーの一言に安心したい気持ちは分かりますが、商談では設備容量と運用記録まで確認します。
最低限、次の項目を書面または写真で受け取ってください。
- 直近30日間の停電日時、継続時間、予定停電と突発停電の区別
- 接続する配電会社と給電線、工業団地専用線か一般線か
- 発電機の定格容量、実際に接続している機器、燃料の連続運転時間
- 自動切替装置の有無と、停電から復旧までの平均時間
- 無停電電源装置で守る機器と、停電時に停止する工程
- 燃料在庫の最低水準、補給業者が来られない場合の運転可能時間
- 過去6か月の納期遅延件数と、電力が原因だった件数
発電機の銘板写真だけでは不十分です。
100kVAの発電機があっても、工場の重要負荷が120kVAなら全工程は動かせず、燃料タンクが小さければ長時間停電に耐えられません。
月に一度、実負荷をかけた試運転をしているかも尋ねてみてください。
バックアップ電源は重要工程から設計する
電源対策は、設備を買う前に「止められない仕事」を決めます。
古着選別センターなら、安全照明、検品灯、在庫データ、通信、計量器、ラベル発行が第一群で、油圧ベーラーや乾燥機は第二群に分けられます。
| 電源手段 | 向いている用途 | 弱点 |
|---|---|---|
| 無停電電源装置 | パソコン、通信、制御盤の瞬断防止 | 長時間運転や大型機械には不向き |
| 太陽光+蓄電池 | 日中の照明、事務、安定した小中負荷 | 初期費用、夜間・雨天時の容量設計 |
| ディーゼル発電機 | ベーラー、ポンプなど大きな負荷 | 燃料価格、騒音、排気、整備 |
| ガス発電・コージェネレーション | 熱と電気を使う大規模加工 | ガス供給制約、設備の複雑さ |
| 系統+複数電源の併用 | 長時間停電への復旧力 | 制御と保守に技能が要る |
私なら、最初に重要負荷のkWと一日の稼働時間を一覧化し、その合計に起動電流と余裕を加えて容量を決めます。
太陽光だけ、発電機だけに寄せず、瞬断は無停電電源装置、数時間は蓄電池、長時間は発電機という役割分担にすると、燃料消費も抑えられます。
電源切替の訓練も契約条件に入れます。
停電が起きてから責任者を探す工場と、担当者、停止順序、再起動順序が決まっている工場では、同じ設備でも復旧時間が違います。
調達と物流に逃げ道をつくる
設備対策だけでは、サプライチェーン全体を守れません。
一つの工場、一つの倉庫、一つの船積みに依存せず、工程と日程にも余白を持たせます。
実務では次の方法が効きます。
- 本船締切から逆算し、圧縮梱包の完了日を通常より3〜5営業日前へ置く
- 大口注文を二つの生産ロットへ分け、前半分から検品と書類作成を進める
- 同一地域内だけでなく、別の配電地域に代替の選別・梱包先を確保する
- 出荷前検品の写真とベール番号をクラウドで共有し、停電前の作業状態を残す
- 遅延時の連絡期限、代替便、追加保管料の負担を発注書へ明記する
- 月次で停電時間、発電機稼働時間、不良率、納期順守率を並べて評価する
3〜5営業日の余裕は万能ではありませんが、当日完成して当日搬入する計画よりはるかに強い設計です。
繁忙期やイード前後はさらに余裕を増やし、初回取引ではコンテナ一本を丸ごと任せず、小さなロットで復旧力を試します。
NIPPON47のような現地支援を利用する場合も、業者紹介だけで終わらせず、停電記録の確認、発電機の負荷試験、出荷前検品、代替倉庫の確保まで依頼範囲を具体化すると効果が出ます。
現地に人がいる価値は、トラブル後の謝罪ではなく、締切を逃す前に工程を組み替えられることです。
現地パートナーとの確認で押さえたい商習慣
「大丈夫」ではなく運用記録を見せてもらう
パキスタンでは、人間関係を傷つけないために、難しい状況でも最初から強く「できない」と言わない場面があります。
これは不誠実というより、相手との関係を保ちながら解決策を探す商習慣です。
日本側が「絶対に間に合いますね」と詰めると、相手は「イエス」と答えるしかなくなります。
代わりに、「停電が4時間続いた場合、どの工程を止め、何時までに私へ連絡しますか」と条件を置いて尋ねます。
答えが人の名前、時刻、設備、代替手段まで具体化されれば、実行可能性を判断できます。
商談の入り口では「アッサラーム・アライクム」と挨拶し、相手の工場や家族の話にも耳を傾けます。
そのうえで記録と数字を確認する。
関係を尊重することと、曖昧な約束を受け入れることは別です。
イード、猛暑、モンスーンを工程表に入れる
電力リスクは季節と人員配置にも左右されます。
猛暑期は冷房を含む需要が増え、モンスーン期は送配電設備や道路輸送が天候の影響を受け、イード前後は帰省や休暇で工場と物流の人員が薄くなります。
ラマダン中は日中の作業ペースや勤務時間が変わる企業もあります。
宗教行事を「遅延要因」とだけ見るのではなく、毎年の営業日程として先に確認し、船積み日から工程を引き直します。
現地の休日表、港の稼働日、通関業者の勤務、燃料補給会社の営業を一枚の工程表へ重ねてください。
停電そのものより、停電と休業日が重なったときに復旧が遅れるためです。
今後の展望と日本企業の判断軸
送電投資と分散型電源は追い風になる
2026年7月、世界銀行はパキスタンの送電網を安定させる事業へ3億7,590万米ドルの融資を承認しました。
世界銀行の発表では、南部で出力を抑えられている風力のうち640MWを追加で系統へ流せるようにし、主要変電所へ安定化設備を導入する計画です。
屋根置き太陽光も急速に増えています。
全国統計ではネットメータリング設備が2026年3月時点で7,319MWに達しており、工場が系統電力だけに頼らない選択肢は広がりました。
ただし、太陽光の増加だけで夜間停電や送配電会社の財務問題は解決しません。
蓄電池、保守、系統との切替、重要負荷の分離まで整った工場が先に恩恵を受けます。
最安値より復旧力を仕入先評価に入れる
パキスタン商務省のYear Book 2024-25によると、同年度の繊維・アパレル輸出は179.5億米ドルで、総輸出の約56%を占めました。
電力問題を抱えながらも、同国には綿花から紡績、織布、縫製、再生までつながる産業基盤があります。
日本企業が見るべきなのは、「停電がある国だから避けるか」ではありません。
停電履歴を開示し、重要負荷を分け、代替電源を試運転し、遅延時の連絡手順を持つ仕入先かどうかです。
単価が2%安い会社より、納期順守率と不良率を毎月出せる会社の方が、年間の着地コストは下がることがあります。
見積書へ電力リスクは書かれません。
だからこそ、買い手が評価表へ入れるのです。
まとめ
パキスタンの停電は、単純な発電能力不足ではなく、送電制約、配電損失、料金未回収、給電線単位の運用が絡む問題です。
全国平均より、取引先がつながる給電線と工場内のバックアップ体制を見た方が、納期リスクを正確に読めます。
契約前に直近30日の停電記録を取り寄せ、重要負荷、切替時間、燃料在庫、代替拠点、船積みまでの余裕を確認してみてください。
最初は小口で試し、停電時の動きを一度見てから取引量を増やす。
この順番なら、パキスタンの価格競争力と加工力を活かしながら、止まったときの損失を抑えられます。
私が現地取引で信じているのは、完璧な設備より、悪い知らせを早く共有して一緒に工程を組み替えられる関係です。
電力リスクへの最後の備えは、やはり人と人との信頼です。